2014年9月9日 日本代表 vs ベネズエラ代表(前)
――ここのところ、サッカー漬けのようですね
賀川:9日に横浜でキリンチャレンジカップを見て、10日に東京の日本サッカー協会の創立記念日の催しのひとつで日本サッカー殿堂の掲額式とパーティに参加し、11日は大阪の帝国ホテルでの釜本邦茂旭日中綬章受賞記念のパーティに顔を出しました。
――10、11日は日本サッカーの歴史に関わる日、9日は現在と未来の大切な代表の試合でしたね。キリンチャレンジカップの収穫は
賀川:武藤嘉紀選手のすばらしいゴールシーンを見ました。柴崎岳がパスの能力と視野の広さを代表の試合で披露し、ゴールも決めてくれた。とてもうれしかった。その翌日の殿堂式典で、JFA名誉総裁の高円宮妃殿下が日本サッカーの歴史に触れられたなかで、日本代表がブラジル大会の後、ゼロからの出発などという声もあるが、ザッケローニと代表の積み重ねた流れがあってのこと、ゼロからではないと語られたことにも深い感銘を受けました。
――2人の若い22歳の攻撃の選手が加わってきのも、日本サッカーの歴史の流れということでしょうか
賀川:釜本パーティで財徳健治記者と同じテーブルでした。
――東京中日新聞のベテラン記者ですね。グランパスサポーターズマガジン「月刊グラン」にも執筆しています
賀川:彼は広島出身ですが、大学は慶応なのです。
――慶応ソッカー部なら、武藤の先輩
賀川:慶応を卒業して、東京の産経新聞の試験を受けて入社し、大阪のサンケイスポーツへ来たのです。その時に私の神戸一中の先輩であり、戦後の日本代表のキャプテン(第1回アジア競技大会代表チームの監督兼選手)であった二宮洋一(第2回サッカー殿堂入り)から私に財徳がキミのところへ入ったからよろしく頼むと言ってきました。
――東京のサンスポに転勤した後、中日に移ったのですね
賀川:その間の事情は別の機会に譲るとして、私には武藤と慶応と財徳、そして二宮洋一の記憶を呼び起こしてくれる、懐かしく楽しい日々でした。
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