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2012年9月

【番外編】キリンチャレンジカップで見た「香川真司の目線」

2012/09/11(火)

――11日の試合でも見られるでしょうが9月6日のキリンチャレンジカップで香川真司のプレーを見て「パスを出す前の目線」の話をしていましたね。もう一度聞かせてください。

賀川:ああ、キックオフ直後の清武~香川(ヒールパス)~本田というシュートチャンスのしばらく後で、香川が左タッチライン沿いでライン上の縦パスを送って本田圭祐のドリブルからのチャンスメークにつないだ時の話ですね。

――そうです。ハーフウェイラインあたりのライン際でパスを受けた

賀川:(1)ボールを右足アウトで止め、内側から詰めてくる相手と、さらに内側にいる仲間に視線を向けた
(2)ひと呼吸後に向けた目を自分の足元に落とすと
(3)ボールを右足のインサイドのタッチでライン上に押し出し
(4)前方の本田へパスを送った
(5)彼の右足アウトサイドで蹴られたボールは、タッチラインに沿って真っすぐ転がった。(実際にテレビには映っていない)
外側へ回転がかかっているので、ラインぎりぎりのところを左外へ出ることなく30メートル近くを転がって、本田の足元に達した。

――その後は、本田が相手DFと競り合いながら中へかわして、ペナルティエリアの左根っこに持ち込み、クロスを送ったがDFがクリアし左CKとなった

賀川:「パスを出すときには、出す方でなく、まず出さない方へ目線を送り相手を惑わす」という常識、あるいは定石があって、真司がそれをしただけのことなのだろうが、私がこの常識を先輩たちから教わったのが、1930~40年代いわば70年前の話ですよ。なぜそんな古くからの常識について記憶が強いかというと、セルジオ越後が1972年に来日し、75年に永大産業という企業チームのコーチをした時、彼が私に言ったのは、「ぼくがパスを出すと選手たちは、自分たちの方に顔を向けてくれないからパスを受けられないと言うんです」ということ。つまりセルジオは顔の向き(目線)と違う方へパスを出したのに対して、仲間が苦情を言ったということなのです。

――ふーむ

賀川:日本代表が68年にメキシコ五輪で銅メダルを取った日本のサッカー界だが、日本サッカーリーグ(JSL)のプレーヤーたちにも、私たちが旧制中学生のころに知っていた常識が通じないところもあるのだ―という驚きだった。

――それが賀川さんがセルジオ越後のバックアップを考えた理由のひとつ

賀川:バックアップできたかどうかはともかく、こういう当たり前のことを教えてくれる人がいれば日本サッカーの進歩も早まると思ったね。

――その目線の常識が

賀川:セルジオのその話を聞いてから10年ばかり後に、1986年のキリンカップサッカー86の決勝パルメイラス(ブラジル)対ブレーメン(西ドイツ)でブレーメンが勝ったのだが、この時の決勝ゴールが、当時ブレーメンにいた奥寺康彦のパスからだった。

――奥寺さんはこの9月10日に日本サッカー殿堂入りの表彰を受けられましたが、当時はブレーメンでしたね。この時のキリンカップはパルメイラスとブレーメンと日本代表、アルジェリア選抜の4チームのリーグの後、1位パルメイラスと2位ブレーメンによる決勝となり、延長の末ブレーメンが4-2で勝ちました

賀川:4-2だったかな。そうなると決勝ゴールかどうかはともかく、大事なゴールに奥寺の「目線」がからんでいた。左サイドのタッチ際で彼はボールを受け、内側に目を向けたままオーバーラップする仲間に縦パスを送り、クロスがヘディングシュートのゴールにつながった。私はその時、奥寺が目線を中に残したまま左前方へ何気ない風にパスを送ったプレーに高いレベルのサッカーでも常識は生きていること、そしてその常識をさりげなくやって見せる彼の進化に改めて気づいたのですよ。

――86年の奥寺さんの思い出と、2012年の香川真司が重なったということ

賀川:目線とパスの方向などと言うと、大げさだがキリンカップやキリンチャレンジカップの選手のプレーにはその時々の日本サッカーのレベルなどと思い合わせて、私のような者には感慨ありということですよ。

――それぞれのプレーにもその時々の日本サッカーそのものの背景があるわけですね。やはりこういう大会も年月とともに味わいが深まりますね。

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2012年9月7日 日本代表 vs アラブ首長国連邦代表

2012/09/07(金)

キリンチャレンジカップ2012
2012年9月7日(木) 19:20キックオフ(宮城/東北電力ビッグスワンスタジアム)
日本代表 1-0(前半0-0) アラブ首長国連邦代表
 得点 ハーフナー・マイク(69)

――日本代表1-0、ハーフナーのヘディングでした。6日後、9月11日にワールドカップアジア最終予選の第4戦となる対イラク(埼玉)を控えての準備試合としてどうでしたか?

賀川:本番前、1週間のテストの試合としては成功だったのじゃないですか。まずハーフナーがヘディングで1点を取ったことです。

――CFができたと?

賀川:それほどではないが、194センチの長身の彼が90分間代表の中でプレーしたことで、彼の高さを得点に結びつけるクロスのコースをひとつチームに見つけ、ゴールとなったのだからね。

――駒野が左サイドから長く速く高いボールを送り、GKがジャンプして取ろうとした手をかすめてファーサイドにいたハーフナーがジャンプヘッドで決めた。

賀川:それまで2本、彼のヘディングを狙ったクロスがあったが、1本は低く、1本はファーポスト際だが合わなかった。前田遼一というFWがいて、彼はヘディングも強く、ポストプレーも上手で、この日も彼だったらもっと変化のある攻撃ができたはずだが、さあという時のためにザッケローニ監督は194センチの威力発揮のやり方をチーム全員でつかませたのだろうと思う。

――なるほど

賀川:前田の力量はすでに皆が知っていて、チームを組める。そこにもうひとつ追加の194センチができたというわけでしょう。もちろんハーフナーのヘディング技術は1968年の釜本邦茂に比べるとまだまだだが、何といっても日本チームでのこの高さは魅力ですよ。
――そういえば釜本さんは68年にはニアサイドの飛び込みもしていましたね。

賀川:天下のアーセナルを相手に点を取った。釜本は182センチで当時は74年ワールドカップ優勝チームGKのゼップ・マイヤーと同じ身長だった。ということは現代の選手の高さからいうと190センチくらいで外国人選手と比べても長身の部類となる。だから国内ではヘディングは断然強く、これが国際的にも通用するようになったのです。

――ハーフナーもこれで自信をつければ

賀川:そう反復練習してほしいね。

――攻撃に厚みが加わったというのはわかるが、ディフェンスは?

賀川:監督さんの腹づもりは、この日に吉田とペアでCDFとなった伊野波あるいは水本のどちらになるか、、、

――守りについては、CDFも大切ですが、ボランチでキャプテンの長谷部の調子がいまひとつというのも気になります。

賀川:ドイツでリーグにいても出ているわけではない。調子はいいとは見えなかったが、まあこのポジションは大切ではあるが人材もいるからね。清武がパスの供給者としてはいいプレーをいくつか見せた。ザックさんにまたチョイスが増えたという感じ。

――マンチェスター・ユナイテッドというビッグクラブに入って、香川の人気がものすごく高いが、試合では本田の方が目立った

賀川:ユナイテッドでも香川は周囲を活かそうとする姿勢が強いね。もちろん日の浅いこともあるだろうが、それが彼の人気のひとつでもあるだろう。本田へのパスの出し方などは感嘆するね。この試合で本田が目立ったのは対イラク戦のような大事な試合には自分が引っ張ってゆこうという気持ちが強く、その自分が長旅の後、どれくらいやれるか確かめようとしたのでしょう。本田と香川の二人を見ているだけでも、ビッグスワンに集まった4万の観客は楽しかったと思います。

――チャンスが多く、シュートも前半10本、後半7本あったのに決まったのは1ゴールだけでした

賀川:本田がFKを含めて6本、香川が1本だったかな。香川には本田へのうまいヒールパスや、右の清武からのパスを胸で止めそこなったのがあった。また、あの狭いスペースでボールをコントロールする(それも高速で動きながら)のは大したものだが…

――岡崎にも惜しいシュートの場面があった

賀川:ザッケローニ監督は香川に代えて、後半から岡崎を登場させた。コンディションを考えてのことだろうが、清武を長く見ておきたいと思ったのかも。

――報道だと監督は必ずしも満足ではなく、CDFもまだ決めかねているようですが

賀川:腹づもりは出来ているでしょう。選手やチームの進化は思ったより早い時もあれば、なかなか見えにくいこともありますからね。それでも、たとえばハーフナーへのクロスにしても、駒野が後半24分に長いボールを左タッチライン近くから蹴って、彼の長身の利点を引き出した。キックオフから成功までに70分以上かかっていますが、チームとしてはこれがひとつの進歩です。そしてまたベテランの駒野…彼は2006年のワールドカップドイツ大会での、あのオーストラリア戦の辛い敗戦も知っている選手ですが、そのベテランの駒野が、先日のキリンチャレンジカップ・ベネズエラ戦で右サイドバックで出場して、パスを受け、ドリブル突破して、右のゴールライン際から後ろ目のクロスを出して遠藤のゴールを生み出した。そして今度は左サイドからハーフナーのヘディングを引き出すクロスを出しています。

――31歳のベテランも新しいプレーを付け加えているわけですね

賀川:ちょっと余談だが、駒野がベネズエラ戦のドリブル突破で、ボールを相手DFの外側に通し、自分は内側を通って抜いたでしょう。あのボールを外、自分は内側を走るのは、ぼくが神戸一中2年生の時のキャプテンで右ウイングだった友貞健太郎さん(故人)の十八番のドリブルの型だった。とても懐かしかったです。この人は、兄の太郎より1年上で、昭和13年(1938年)の全国中学校選手権(現高校選手権)優勝のキャプテンでした。

――イラク戦では、その進化を監督と選手がどのように見せてくれるかですね。そうそう。香川についてもう少し話してほしいですが

賀川:また次の機会をつくりましょう。まずはイラク戦は選手たちが体と心を整えて、いい準備をしてくれることですよ。

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