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5月27日 日本代表 vs チリ代表(2)

2009/05/29(金)

代表チームを勢いづける4-0の快勝(中)


キリンカップサッカー2009 ~ ALL FOR 2010! ~
5月27日(大阪長居スタジアム)19:35
日本代表 4(2-0 2-0)0 チリ代表
得点者:岡崎(日 20、24分)阿部(日 52分)本田(日 92+分)


■“場”で出来た長谷部


――ブンデスリーガ・チャンピオンのボルフスブルクで働いた長谷部は?

賀川:前のキリンシリーズのときにも語ったハズだが――
 27日の長谷部はグラウンドで大きく見えていた。いわゆる“場(ば)”で出来たということだね。バイエルン・ミュンヘンをはじめとする名だたる強チームを抑えてブンデス王者になった。そのチームでしっかり働いたことが、体に備わっていた。だから局面局面でも余裕があった。


■新時代の申し子たち


――玉田圭司が足を痛めて交代したのが、なんと18歳の山田直輝でした。

賀川:浦和でのプレーをテレビで見ていたから驚きはしなかった。18歳といえば大迫勇也たちと同じだから、私たち戦前戦中派の感覚でゆけば、いまの高2が旧制中学の5年生、高3は昔の大学予科1年。したがって山田クンや大迫クンは大学予科2年にあたる。ベルリン・オリンピック(1936年)のCFで逆転劇の口火を切るシュートを決めた川本泰三は早稲田の予科2年のときに全東西対抗の東軍に出場してゴールしているから、決して早すぎることはない。ペレは17歳でW杯のブラジル代表で大事な試合のゴールを決めているしね。

――日本にもそういう時代がきました

賀川:1990年生まれといえば、彼らが3歳のときにJリーグが開幕している。いわば、彼らが物心ついたときには日本の社会にはプロサッカーというものがあった。このキリンカップが始まったのは1978年、その次の年の1979年に日本で第2回ワールドユースが開催された。

――マラドーナがアルゼンチン代表で優勝したとき。ラモン・ディアスもいました。

賀川:私はJFA(日本サッカー協会)の技術委員会で開催招致の動きがあったときに反対した。それは、生まれたときからプロになろうと思ってサッカーを志している外国の若者と、アマチュアの日本リーグが最高峰である日本のユースとを戦わせることには無理がある――という理由からだった。

――ようやく、同じ環境でプレーヤーが育つことになったわけですね。


■岡田監督の狙いが徐々に――

賀川:岡田武史監督は、病によるオシムさんの退任を受けて、このキリンカップ、キリンチャレンジカップとW杯予選、アジアカップ予選などの合計25試合を重ねて、徐々に自分の考えを浸透させつつ、個々のプレーヤーの実力アップを図ってきた。

――代表チームのコンセプトは、攻守の切り替えの速さ、ボールを奪われれば奪い返す、ボールを奪えば有効な攻めにつなげること。そのためには運動量を多くする、ですね。

賀川:もちろん、それぞれのポジションプレーの上達も大切だ。しかし代表になってから練習することも重要なことだが、同時に少しでもいい素材を発見し、チームの層を厚くすることも図ってきた。

――得点力不足といわれてきたFWに、興梠慎三や岡崎慎司が加わり、サイド攻撃に内田篤人や長友佑都がきましたね。

賀川:安定した力は分かっていても、万一を考えてガンバのベテラン山口智を今回加えたのも岡田監督らしい。


【つづく】


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