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2008年1月

1月30日 日本代表 vs ボスニア・ヘルツェゴビナ代表

2008/01/30(水)

岡田監督にも日本代表チームにも10年の歴史がプラス

キリンチャレンジカップ2008
1月30日(東京・国立競技場)19:20
日本代表 3(0-0 3-0)0 ボスニア・ヘルツェゴビナ代表
得点者:中澤佑二(68分)山瀬功治(83分、88分)

【日本代表メンバー】
GK: 18楢崎正剛
DF: 22中澤佑二、3駒野友一、25内田篤人
MF: 7遠藤保仁、14中村憲剛→2今野泰幸(78分)13鈴木啓太(Cap.)6阿部勇樹
FW: 19高原直泰→11播戸竜二(82分)、12巻誠一郎→10山瀬功治(33分)16大久保嘉人→8羽生直剛(88分)
SUB: 1川口能活、23川島永嗣、5坪井慶介、21加地亮、4岩政大樹、15水本裕貴、24橋本英郎、9山岸智、17前田遼一、20矢野貴章


【ボスニア・ヘルツェゴビナ代表メンバー】
GK: 1ケナン・ハサギッチ
DF: 5エミル・スパヒッチ(Cap.)2スタニシャ・ニコリッチ→4ボヤン・レゴイエ(53分)6ブラスティミル・ヨバノビッチ→17アメル・ユーゴ(HT)8ダリオ・ダムヤノビッチ、13ベリミル・ビディッチ
MF: 3サミル・メルジッチ、11ミルコ・フルゴビッチ→15フェナン・サルチノビッチ(83分)7アドミル・ブラダビッチ→18アレン・シュコロ(61分)10ムラデン・ジジョビッチ→16セミル・スティリッチ(83分)
FW: 9アドミル・ラシュチッチ→14ステボ・ニコリッチ(HT)
SUB: 12ヤスミン・ブリッチ

◇ イビチャ・オシムの母国ボスニア・ヘルツェゴビナは旧ユーゴスラビア社会主義連邦国家体制の分裂後に独立した。サッカーの旧ユーゴ代表にも優秀プレーヤーを送り出してきたところ(オシムもその一人)で、平均して体が大きく、やわらかいボールタッチという旧ユーゴの流れを引き継いでいて、チリとは違うタイプのチーム。2戦目の日本代表がどれだけ調子を上向きにしてきたか、また守備が固いはずの相手をどう崩すかを誰もが期待した。

◇日本のスターティング・メンバーは、DF4人は中央に中澤佑二、阿部勇樹、右に内田篤人、左に駒野友一と変わらず、MFは鈴木啓太、中村憲剛、遠藤保仁に大久保嘉人、FWは巻誠一郎と高原直泰。フィールドプレーヤーでは山岸に代わって大久保が入っていた。ゴールキーパーも川口能活から楢崎正剛に代わっていた。超ファインプレーでボールを止めることもあるが、ポカの出ることもある川口とは別に、安定度で信頼されている楢崎にも出番を持ってきたところに、予選開幕を間近にしているこの試合の意味がある。
 大久保をトップ下に置いたのは、この位置での彼のプレーを仲間に馴染ませることも考えたのだろう。もともと大久保はキープ力もありドリブル突破もできるしパスもうまい。彼のような小柄なプレーヤーは前に残ってゴールを背にしてプレーするよりも、広く走り回ることで彼の決定力も生きる――かねがね私は思っていた。体を張って積極的に前線から守備をし、長身で空中戦で相手の脅威となる巻誠一郎と、ストライカーとしてのポジションプレーの習熟度を増した高原直泰と、大久保との組合せには多くの人が期待したハズ。

◇相手の中盤でのプレッシングが第1戦に比べて少なかったから、日本のボールキープと展開はスムーズだった。前半のボール保持率は日本65.3%。5分に高原がペナルティ・エリア左角の外から右足でシュートした。しっかり踏み込み、押さえのきいたシュートだった。GKハサギッチが防いだが、どうやら調子が戻り始めていると見た。
  第1戦の終盤に左からのクロスにヘディングを合わせることのできなかった巻だが、相変わらず意欲あふれるプレーを見せた。GKハサギッチとの衝突もあり、前半33分に退くことになった。交代は山瀬功治。大久保、高原の2トップの下に入る形。

◇前回にいささか“指針”にこだわったイレブンに対して、岡田監督はその時々の選手の自主判断を求めたという。パスのテンポ、長短などについて(相手の動きもあるから)当然のことだが、遠藤や中村たちも短いパスで相手を一方に引きつけておいて逆サイドへふる――変化ある展開を見せるようになった。

◇もっとも、中盤での抵抗が薄くても、それだけゴール前での守りはしっかりしている相手に対して日本側はボールを上手に回すが決定的なシュートチャンスにはならない。
 ゴールが生まれるのは後半23分(68分)になってからだった。この頃になると、ボスニア側の動きが落ちる。競り合ったときの足の出る早さが鈍くなる。手を変え品を変え――といった、日本の攻撃を防ぎ、ボールを奪えばカウンターに出てゴールを奪いにくるといったハードな動きを繰り返してきたボスニア側の守りにほころびが出はじめる。
  65分から立て続けに右CKが3本あった。キッカーの遠藤はその前の2本とはコースを変え、ペナルティ・エリア右角内側へ送って山瀬のシュートを期待した。山瀬の右足のシュートは誰かに当たってコースが変わり、ゴール前にいた中澤の足元へ。中澤はこれを左サイドキックで決めた。コースの変わったボールが中澤に達するのに、ボスニア側の反応はほとんどなかった。

◇CK、FKの停止球からの、いわゆるセットプレーは日本の攻撃の重要なテのひとつだが、岡田監督の下での初ゴールもやはり停止球からだった。
  1点の回復を狙ってボスニア側が攻撃に出ようとする意志を高めることで、日本にはカウンターのチャンスが生まれる。

◇2点目は左サイドで、こちらのミスでいったん奪われたボールを今野泰幸(78分に中村と交代)が追走して奪い、そこからボールが大久保に渡ったところから始まった。
 相手のDFの裏へすでに播戸竜二(82分に高原と交代)が飛び出していた。オフサイドだった。大久保はゆっくりキープし、戻ろうとする播戸と自分の右側を駆け上がる山瀬を見て、山瀬の前へボールを送った。相手DFの間を通し、取られないように浮かせたボールが、バウンドし山瀬の前に転がった。山瀬が追いついたときにはDFは誰もおらず、目の前へ出てきたGKハサギッチの右下を抜くシュートを送り込めばよかった。

◇トップの播戸が飛び出し、第2列から山瀬が走り上がるという形は3点目も生む。
  88分のこのゴールはハーフライン近くの左タッチラインでのスローインから今野が前方へロングボールを送り、播戸が相手DF2人の間でヘディングを取って中央へ落とす。誰もいないところへ出てきたボールに山瀬が長いダッシュで追いつき、ノーマークシュートを決めた。

◇チリに比べると中盤の抵抗が少なかった点では、日本にはやりやすい相手だったかもしれないが、3ゴールを奪った得点への意欲は素晴らしい。
  10年前、1998年のフランス・ワールドカップの日本代表監督を務めてから10年後に再び代表監督を務めることになった岡田武史は52歳の働き盛りであり、また、10年の経験を積んでいる。同時にまた日本代表チームそのものも(選手は入れ代わっても)ワールドカップ初出場から10年を積み重ねている。監督もフィリップ・トルシエというフランス人からブラジルの名選手ジーコ、そしてオシムが関わってくれた。
 今度のチームと岡田監督をサイドから見ていると、この2試合を見た限りでは、選手も監督も前へ進んでいることが読み取れる。
 もちろん個々のプレーには不満もあるが、チーム全体が監督が代わっても進化の足を止めていないことで、今後を期待することにしたい。


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1月26日 日本代表 vs チリ代表

2008/01/26(土)

監督は代わっても日本流サッカーの進化は続く

キリンチャレンジカップ2008
1月26日(東京・国立競技場)19:10
日本代表 0(0-0 0-0)0 チリ代表

【日本代表メンバー】
GK: 1川口能活(cap)
DF: 22中澤佑二、3駒野友一、25内田篤人→21加地亮(71分)
MF: 7遠藤保仁、14中村憲剛→10山瀬功治(80分)13鈴木啓太、6阿部勇樹、9山岸智→8羽生直剛(57分)
FW: 19高原直泰→16大久保嘉人(62分)12巻誠一郎→20矢野貴章(80分)
SUB: 18楢崎正剛、23川島永嗣、5坪井慶介、4岩政大樹、15水本裕貴、24橋本英郎、2今野泰幸、11播戸竜二、17前田遼一

【チリ代表メンバー】
GK: 1ミゲル・ピント
DF: 18ゴンサロ・ハラ、5ハンス・マルチネス、4ロベルト・セレセダ
MF: 11ゴンサロ・フィエロ、2マルコ・エストラーダ、17ガリー・メデル、16マヌエル・イトゥーラ(Cap.)10ペドロ・モラレス
FW: 13ジャン・ボセジュール、7エドゥアルド・ルビオ
SUB: 12クリストファー・トセリ、3オスバルド・ゴンサレス、15ラファエル・カロカ、8フェルナンド・メネセス、14ホアン・ムニョス、9マティアス・ビダンゴシー、6ポリス・サグレド

ダゴさんのチリ国歌

◇46年前の開催国大会の3位の栄光のあと、チリはワールドカップに4度出場したが、ベスト8に届くことはなかった。
  2010年の南米予選はすでに始まり、10チームのホーム&アウェー総当りリーグで昨年の11月7日までの各チーム4試合終了時でチリは1勝1分け2敗、得点4失点7で7位とやや不振。4位までが本大会へ、5位は北中米カリブ海地域のチームとのプレーオフに勝つことが出場の条件となっている。
  こういう形勢のなかで、今年6月に再開される予選を控えて、代表強化はアルゼンチン人監督のマルセロ・ビエルサ監督にとっての急務、キリンチャレンジカップでの東アジア遠征(このあとの韓国戦を含めて)は新しいメンバーを選ぶチャンスとなっている。
 来日メンバー18人は24歳(4人)を年長に23歳(4)22歳(3)21歳(2)20歳(1)19歳(1)18歳(3)と若手ばかりで、1月初めから合同練習を始め20日からJヴィレッジで合宿練習したのも、この遠征にかける熱意の表れだろう。南米予選のレギュラーは3~4人で準代表といえるメンバーだが、モチベーションが高く、準備も充分だった。

◇先発メンバーの平均年齢は日本が26.5歳、チリは22.7歳。経験ではこちらのほうが上で、しかもホームグラウンドでありながら、日本側が苦戦したのは、相手の方が選手個々の調子がそろっていたからだろう。
 もともとチリの選手は体格は大きくなくても、1対1のボールの取り合い、奪い合いの粘り強さには定評がある。私は87年の南米選手権であのディエゴ・マラドーナ(86年W杯優勝・アルゼンチン主将)がチリの選手にからまれて、ほとんどいいプレーができなかったのを見たことがある。その伝統は、今度の若手にも生きていた。手をからめ、足をからめ反則を交えつつ、相手の動きを封じるところ。また“ここでボールを奪われてはピンチになる”と見たときには反則覚悟で(それもさり気なく)つぶしにくる狡猾さも備えていた。

◇こういう相手がプレッシングをかけ続けてくれば、日本側の試合展開は難しくなる。試合全体では4分6分、前半は相手優勢との印象となった。
 それでも前半9分に巻誠一郎、38分に高原直泰のシュートチャンスがあった。1本は中央左寄りで3本のパス交換のあと遠藤―巻とラストパスがつながったもの。巻のトラッピングが少し内に入ったのが惜しかった。高原のシュートは巻が相手ボールを奪ってパスをしたもので、高原はペナルティ・エリアすぐ外、中央右寄りでノーマークとなったが、トラッピングが外へ流れ、踏み込みが遠くなってボールは右上へそれた。

大久保のシュート

◇ スタンドの観客もテレビ観戦者も、この日は岡田イズム云々よりも後半に高原と交代した大久保嘉人の4本のシュートに驚いたハズ。1本目は62分に交代してすぐ、相手バックラインの裏へ走り、GKミゲル・ピントのミスに乗じてボールを奪いシュート(オーバー)。65分に左サイドへ飛び出し、ボールを受けて中へ入ってシュート(オーバー)。3本目は遠藤の右CKをヘディング(GKに防がれた)。86分の4本目は矢野貴章へのロングボールのコボレ(相手DFが矢野をプッシングで倒した)を大久保がDFに競り勝ってのダイレクトシュート(オーバー)だった。この試合90分間の10本のシュートのうち、大久保だけで4回もシュートし、しかもそれが全て成功しなかったのだから……。

◇日本代表にも良い点はいくつかあった。まず、右サイドに内田篤人を起用したこと。このポジションには滝川二高出身でセレッソ大阪にもいたことがあり私自身も注目し続けている加地亮がプレーしているが、彼との比較は別にして、ボールを持つときにキープやドリブルに自信があり、足が早く、フォームの良い内田が若いうちから代表で働くことは彼にも代表にもいいことだと思う。ボールを奪われない自信があるから、相手を前にして落ち着きがあり、姿勢が良いので視野が広く、パスコースの選択もできる。守備面もまずまずだった。

◇遠来のチリ側が後半になっても選手交代をしないのに、日本側が交代を5人送り込んだが、それぞれの特徴が生きたこと、特に大久保の瞬間的なダッシュの早さとDFラインの裏へ出る動き、相手にとってそれまでの高原や巻とは違うタイプだったから効果があったハズだ。
 ただし、得意の右足シュートを3本とも決められなかったこと、それも(1本目はゴールカバーのDFの頭上を抜こうとしたのだろうが)3本ともバーを越えたのは残念なことだった。こういうチャンスを作りながらなぜシュートを失敗したのか、彼自身もコーチもその原因を突き止め、修正しなければなるまい。

◇ 岡田武史監督は「接近、展開、連続」という指針を打ち出した。それをどうピッチ上で表現するかも反復練習するだろうが、試合中の状況に応じて、その時々の判断は選手がするべきもの――という考えを持っているハズ。指針は示しても教条主義でないところが試合中のチームに表れていたのも(当然ながら)良かったと思う。

 第1戦の0-0、決して満足とはいえないが、全体としてはいい流れで進んでいるように見えた。

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