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2006年8月

8月9日 日本代表 vs トリニダード・トバゴ代表

2006/08/09(水)

日本サッカーの記念の日

キリンチャレンジカップ2006
8月9日(東京・国立霞ヶ丘競技場)19:20
日本代表 2(2-0 0-0)0 トリニダード・トバゴ代表

【日本代表メンバー】
GK: 1川口能活(cap)
DF: 3三都主アレサンドロ→17坂田大輔(86分)2坪井慶介→16栗原勇蔵(60分)4田中マルクス闘莉王、5駒野友一
MF: 7田中隼磨、13長谷部誠→18中村直志(74分)15鈴木啓太、14山瀬功治→8小林大悟(56分)
FW: 9我那覇和樹→11佐藤寿人(66分)10田中達
SUB: 12山岸典宏、19青山直晃

【トリニダード・トバゴ代表メンバー】
GK: 1ウィリアムズ
DF: 6レオン、5トーマス→4イアン・グレー(79分)8シド・グレー(cap)17チャールズ、3アベリ・ジョン
MF: 11デービッド→9バプティステ(62分)16ワイズ、23アントニー・ウルフ→18ジャクデオシン(76分)
FW: 7ノエル、12グラスゴー→15パチェコ(93+分)
SUB: 22フィリップ、13グレントン・ウルフ

――オシム監督就任後の初試合というので注目されましたネ。翌日の新聞ではオシムの見出しの方が選手の名より大きかった。

賀川:日本のサッカーファンは監督が大好き――というより、メディアがそうなのかナ、試合は選手がするものなのにネ。
それはともかく、3日間で限られたメンバーのなかでの選択だったが、やっぱりオシムさんはうまいと思ったネ。
ピッチに散った選手のポジションを見ると三都主アレックスが左DFでなく、第2列だった。左の後ろはドイツでは右DFだった駒野を置き、右DFは田中隼磨。坪井と闘莉王がCDF(センターディフェンダー)という配置だった。

――それで、三都主の攻撃力を買ったのですネ。

賀川:三都主はドリブルもできる。左足だけだが、得意の型、得意の角度なら中距離のいいシュートもパスもできる。そう、久保竜彦が2004年に彼らしい豪快なゴールを奪ったことがあった。ワールドカップ・アジア1次予選の対インド戦(6月9日、埼玉)だったか――。

――それまでも得点していた久保の人気がさらに高まった。ケガのためドイツにはゆけず、日本代表にとっても大きなマイナスとなったが…。

賀川:そのとき久保へ、左サイドから三都主がいいボールを送ってきた。あれが三都主の角度だと思っている。あの角度なら、彼は強弱も蹴るタイミングも調節できる。複数の得意の角度に乏しいところに彼のまだまだ伸ばす点もあるのだが、それにしても、ひとつだけであっても絶対的に近いキックの型を持っているプレーヤーは日本には多くはない。だからこそ、オシムは彼を第2列にもってきたのだと思う。

――その三都主はFKで見事な先制ゴールを決めた。2点目は自分が飛び出して相手DFの背後に走りこみ、ロングパスを受けて、トリニダードのGKの前でバウンドボールを左足でタッチして頭上を抜いて入れましたネ。

賀川:あのロングボールは駒野からだった。三都主は中央へ走りこんできて、駒野のカーブボールが自分の左足の範囲に落ちたから、彼にとっては思うツボだったろう。ゴール前で、自分の得意の足でタッチできるようにするのは得点のコツのひとつ。とても大切なことなんだ。
古い話だが、78年ワールドカップの得点王になったケンペスは決勝のオランダ戦(3-1)で2ゴールを決めたが、そのときのビデオを見れば、彼が左をあけておいて、最後はそこで勝負していたのがよくわかる。三都主のこのゴールもそういう見方からも面白い場面といえる。と同時に、手持ちの選手でやりくりしたオシム監督にボクはなるほどと思ったネ。

――試合後の記者会見で、「三都主が2点を取ってヒーローになった。第2列での起用があたったといえるでしょう」という質問があったのに、オシムは怒ったそうですネ。

賀川:質問した記者にとっては、第2列起用の理由を監督の口から聞きたかったのに、ヒーローという言葉を使ったのがオシム監督にはカチンときたのだろう。「ヒーローというのは、過去の人を讃えていうのだ。現役の代表にあてはめるべきではない。メディアは点を取ればすぐに持ち上げ、チャンスに失敗するとすぐ突き落とすことが多い。得点するのは全員の力の結果であることも忘れないでもらいたい」といった。
もちろんその通りで、実は三都主のFKの得点も、キックの前に闘莉王が左ポスト側、坪井が右ポスト側で相手のGKの注意を引くような所作があった。それが直接に効果があったかどうかは別として、なんとかして1点をもぎとるためにディフェンスの選手が相手GKを惑わすようなことをした――キッカーとともに皆で点を取ろうとする気持ちが記者席のボクにも伝わった。チームワークのあらわれだネ。

――ヒーローは過去の人といういい方はともかく、チーム全員でということですネ。それで試合は全体としてうまくいったと?

賀川:はじめの25分間はね――。暑さと湿気で疲れてくる。2-0とリードしている。といった安心感もあって、動きが鈍る。オシム流にいえば走らなくなる。こうなると日本代表の力はガタンと落ちる。
おそらく、新しい監督が来て、走ること、自分で考えることを強調した練習を3日間やって、プレーヤーには緊張感があった。それがKick offからの勢いのいいランにつながった。

――2点取って、その緊張感がどこかから消えた。

賀川:トリニダード・トバゴのレイズベルヘン監督は、あの1974年のオランダ代表のCDFだった。ヨハン・クライフの仲間ですヨ。オランダは若い層の育成に実績を持ち、彼のような元大選手も、その育成法を学び、トップチームの監督やコーチになる。そのレイズベルヘン監督がいうには、25分までの日本はすばらしく、2点目などは、いまのトリニダード・トバゴ代表とは格が違うと思ったほどだと。
後半にはこちらも修正し、日本の動きに慣れた。同時に日本の動きも落ちたから、何回かチャンスを作れた――といっている。

――ウラをかえせば、自分たちと同じだというわけ――。

賀川:日本の記者から、こういう質問があった。ドイツ大会での日本代表と、今度の日本代表の違いは? と――。

――トリニダード・トバゴもドイツ大会に出場していましたネ。レイズベルヘンもコーチだったとか。

賀川:レイズベルヘンの答えはこうだ。
「日本代表はドイツでは、とても強い相手と戦った。ブラジルは別格としても、オーストラリアもクロアチアもしっかりしたチームで、今日ここへ来ている我々のチームとは違う。相手が違う試合から、ドイツでの日本チームと、いまの日本チームを比較することはできない」「トリニダード・トバゴもドイツでは一次リーグで敗退し、私はいま4年後に備えて新しいチームを作ろうとしている。しかし、小さな二つの島で成り立っている人口100万の国は、人口も多く、サッカーをする環境の整っている日本に比べるととても大きなハンデがある。だから、いまの新しいトリニダード・トバゴと新しい日本代表に差があるのも当たり前である。これからの努力で、私たちはもっとレベルアップしたチームを作るつもりだが…」といい、尊敬するオシム監督のもとで、日本代表はきっといいチームになるだろうと締めくくっていた。

――日本は1億2千万の人口ですからネ。

賀川:このキリンチャレンジカップは、ある意味で日本サッカーには記念の日なんだ。沖縄出身の我那覇和樹と北海道出身の山瀬功治が代表で顔をそろえたことだ。これは、ボクのように昔からサッカーをやってきた者にとって、驚くべき、また喜ぶべきこと――。北のハシからも南のハシからも代表が出てくるということは、それだけサッカーが日本のすみずみに浸透し、普及しているという証(あかし)だと思う。
JFA(日本サッカー協会)の努力でもあるが、こうした地域の指導者にあらためてありがとう――といいたいネ。

――キリンカップが、この一週間後の対イエメン戦とどうつながっていったのかを聞きたいですネ。

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