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2005年9月

9月7日 日本代表 vs ホンジュラス代表

2005/09/07(水)

良いところ、悪いところ 5-4スコアそのままに

キリンチャレンジカップ2005
9月7日(宮城スタジアム)19:20
日本代表 5(1-3 4-1)4 ホンジュラス代表
日本代表 得点: 高原(33分)、柳沢(48分、70分)、中村(55分)、小笠原(78分)
ホンジュラス代表 得点: W.ベラスケス(8分、27分、50分)、S.マルティネス(46+分)

【日本代表メンバー】
GK: 1 楢崎正剛
DF: 5 宮本恒靖、14 三都主アレサンドロ、22 中澤佑二、21加地亮
MF: 7 中田英寿、10 中村俊輔→2 田中誠(87分)、6 中田浩二、18 稲本潤一→8 小笠原満男(64分)
FW: 13 柳沢敦→28 玉田圭司(71分)、9 高原直泰→16 大黒将志(79分)
SUB: 12 土肥洋一、33 曽ヶ端準、20 坪井慶介、31 駒野友一、29 茂庭照幸、15 福西崇史、4 遠藤保仁

【ホンジュラス代表メンバー】
GK: 22 モラレス
DF: 4 カバジェロ、6 イサギレ→17 バジェシェージョ(86分)、3 フィゲロア
MF: 20 ゲバラ、2 ゲレロ、13 フェレラ→8 オリバ(77分)、19 ベリオス→5 マリン(66分)、14 ガルシア
FW: 10 ベラスケス(Cap.)→16 ベガ(77分)、18 マルティネス
SUB:  25 ガルデン、7 カストロ

■ つらい思い出の残る中央アメリカ
■ ボールをかかえ込むターンとタテパス
■ またまたスルーパスで2点目
■ 高原のゴールで1-2
■ みごと――中田英からのボール奪取
■ 俊輔のFKと柳沢のヘッド
■ 取られてもPKで3-4に
■ 小笠原投入の効果
■ 柳沢のドリブルシュート
■ 左から右へ、緩から急へ、そしてタテへ

つらい思い出の残る中央アメリカ

 いまから30年近く前に、エルサルバドルで商社の支店長をしていた大学の同窓生が現地で誘拐され、殺害されたことがある。1978年5月20日、アルゼンチン・ワールドカップが近づいているときだった。彼がサンサルバドルへ出立する前に、偶然に大阪駅で顔を合わせて、その赴任のことを聞き、「アルゼンチンに行くのなら帰りに寄ってくれよ」「じゃあ元気でな」などと会話した。しばらく後に、テレビの画面に彼の顔が映って事件を知って、まことにつらい思いをした。サッカーならどんなところへでもでかけてゆきたい私だが、北米大陸と南米大陸の間の細長い地峡部にある中央アメリカへそれほど気が進まなかったのは、このM君のつらい思い出があったからかもしれない。

 エルサルバドルの隣国ホンジュラスからやってきた今度の代表のプレーは、こうしたこの地域に対する私の漠然とした嫌悪感を拭い去り、純粋にサッカーを楽しませてくれた。もちろん、かつて82年スペイン大会で見たエルサルバドルの狡猾さはこのチームにもあったが、それも試合の流れのなかで決して度が過ぎるほどではなく、最後までゴールを奪いにゆこうとする彼らの姿勢によって、キリンチャレンジカップの数ある試合のなかでも楽しさという点ではトップ級のものとなった。

ボールをかかえ込むターンとタテパス

 台風の影響が心配されたけれど、大阪(伊丹)からの飛行機も予定通りに飛んで、風は少し強かったが、予定通りに開催できる幸運に恵まれた。

 ピッチ上の選手たちには、台風の余波の風は不安定な要素だったらしい。1分と7分の左サイドでのFKを、中村俊輔が1本を直接GKへ、1本をファーポストの外へ蹴ってしまったのも、風のせいかもしれない。この2本のFK後にGKから始まったホンジュラスの攻めは、右サイドからの見事なスルーパスをマルティネス―ベラスケスとつなぎ、先制点となったもの。
 パスを出したのはゲバラで、ガルシアがドリブルで持ち上がる間タッチぎわにいて、ヒールパスを受けて中へ小さくドリブルし、右足アウトサイドでタテにパスを送った。風を考慮したのか、強くて速いグラウンダーだった。ゲバラが右足で小さくかかえ込むようにして外から内に逃げ、その動きとは直角のタテ方向に右足アウトサイドでボールを叩いたことと、マルティネスが好走し、追走する三都主をはじき飛ばすようにして競り勝った強さがこの場面のポイントだった。ベラスケスが受けに戻るのに宮本恒靖が付いていったあと、中澤佑二にマークされながら、加地と三都主のオフサイドラインを巧みなステップで脱出したマルティネスの着想も成功した。彼をマークした中澤はオフサイドと見たかもしれない。スタンドからもそう見えたが・・・・・・(このあたりのマルティネスの動きは、スロービデオでご覧になれば、いかにも中南米のベテランらしく、面白いと思う)。

 あまりにシンプルで見事な攻めに唖然としたスタンドの4万5千人は、日本の攻撃に期待をかけるが、なかなか得点にならない。中田―柳沢―高原ー柳沢と、エリア内でいいパス交換があったが、最後の高原のパスがやや強くて柳沢の左足シュートはやっと足が届いての精一杯。弱くてGKモラレスの正面へ転がった。

またまたスルーパスで2点目

 気になったのが、稲本がムリな間合いでボールの奪い合いに入ること。判断が遅いのか、体のキレが悪いのか――。ホンジュラス側は、さきほどのゲバラの「かかえ込み」に似た、足の内側を使った小さな旋回でボールキープし、日本側を悩ませるプレーが続く。スペイン系白人と先住民との混血が多いこの国の選手は、長身が少ないかわりに小さなターンが上手で、しかも体がしっかりしていてぶつかっても強い。小柄なところから足首を立ててボールを蹴るから、シュートは強く、方向も正確なほうである。
 27分の彼らの2点目は、右サイドでベラスケスからパスを受けたガルシアが、鋭く内へ切り返して三都主をはずし、左足でタテに送ったのをベラスケスが走ってエリア内に侵入し、そのまま(止めないで)右足シュートを決めた。1点目同様に左から右へボールを運び、右サイドで小さく中へ動いてタテに出すというシンプルで効果的な攻めだった。


高原のゴールで1-2

 33分に日本が高原直泰のゴールで1点差とした。
 守りは簡単に突破されて2失点。攻撃は前後左右にボールを動かしながら、なかなかゴールに結びつかない――という状況のなかにあっても、日本代表イレブンの諦めない努力が実を結んだ。32分に中央やや左寄りで柳沢がクサビのパスをスルーして高原に渡そうとしたが動きが合わず、DFがはじき返す。これを拾った中田浩二が左に開いていた中田英にダイレクトで送る。中田英は短くドリブルして中央の稲本潤一へ。速いパスをもらって余裕のできた稲本は25メートルの距離から左足で強いシュート。これがDFカバジェロに当たる。そのこぼれダマを高原が奪い、相手を左へはずして左足のトゥ(つま先)で突くように蹴った。
 攻撃を仕掛けて、そこで生じたルーズボールを拾っての再攻撃、さらにまたルーズボールを拾ってのシュートという図式は、ビューティフルとは言いがたいが、それだけに多数防御の相手を圧倒する意欲があった。
 高原にとっては久しぶりの代表ゴールだが、とっさに左足がよく伸びたところが彼らしい。

みごと――中田英からのボール奪取

 これでハーフタイムになれば、スタンドはいよいよだと後半に期待をかけるのだが、前半のロスタイムに3点目を失うのだからサッカーは全くわからない。
 ゴールキックから自陣で中田浩―中田英とわたったボールを相手2人が囲み、中田英が横に出そうとしたのをゲバラが足に当て、ベラスケスがこれをとってエリア中央右寄りへ流しこみ、マルティネスが強いシュートを左下スミへ決めた。“天下の中田英”のミスではあるが、1点差に追いつかれたあと、相手のキーマンのボールを狙って奪い取り、それを最大のチャンスにするところがゲバラ(29歳)、ベラスケス(33歳)、マルティネス(29歳)というベテラン3人衆による攻撃陣のうまさであり、ピッチの上を流れる相手の「気」を読む巧さなのだろう。

俊輔のFKと柳沢のヘッド

 追いつこうとして再び離され、普通ならガッカリするものだが、この日の日本代表はそうでないところが面白い。
 後半に入ると初めから強圧に出た。そして3分のFKで、中村俊輔のキックに合わせて柳沢が見事なヘディングで2-3とした。FKのもとになったのは、左サイドで中田英からのクサビを受けた高原が倒されたファウル。俊輔の得意な位置からファーへ蹴ったボールに宮本がジャンプし、その後ろにいた柳沢が決めた。さらにそのライン上に加地がいて、もうそこはノーマークだった。このあたりに、前述の長身者の少ないホンジュラスに対する日本の優位があった。
 そうした“押し込み”からのFKで点を取る日本に対して、ホンジュラスはまたまた速いタテパスで2分後に4点目を加えた。
 日本の攻めが高原のシュートとなり、それが防がれたあと、ゲレーロから加地亮の内側へ鋭いスルーパスが送られ、外を走ったマルティネスがエリア近くで受けてドリブルして中へ送り、ベラスケスが決めた。

取られてもPKで3-4に

 前半は右サイドを速さと力で突破したマルティネスは、後半は左サイドでスピード自慢の加地を振り切ってチャンスメーク。しかし日本代表は粘っこく、飽きることなく攻撃をくりかえし、7分に3点目となるPKをつかむ。
 俊輔がエリア左外の深いところでキープして後ろへ戻し、三都主がクロスを入れ、DFがクリア。高いボールを中田浩と競り合うことになったマルティネスがオーバーヘッドキックで中田浩のハラを蹴ってFKとなった。このFKを俊輔がゴール前へ。ボールがジャンプする中田浩の上を越えて落ちたところに宮本がいた。宮本に背後からベリオスがからんで倒してのPKだった。
 面白かったのは反則の笛からキックまで2分もかかったこと。カバジェロが異議を唱え、GKのモラレスがボールの置き方に注文をつけるなど、キッカーへの “じらし”作戦があったが、さすがに中村俊輔には通じなかった。モラレスの読みとは逆の左下スミへ蹴りこみ、ネットに跳ね返ったボールを右足でリフティングしてからボールを抱えてすたすたとハーフラインへ。サポーターにとって俊輔はまことに頼もしく見えたに違いない。


小笠原投入の効果

 とうとう4-3。リードしているホンジュラスだが、日本の圧力はひたひたと押し寄せてくる。時差もあり、当然疲れの出る時間帯だが、このチームの楽しいのは、ときになお攻勢に出てゴールを奪う意欲を捨てないところにあった。しかし日本側が後半19分に稲本に代えて小笠原満男を投入して、試合の流れは劇的に変化する。
 中田英寿がボランチに入ってやや後方に位置することで、彼からのタイミングのいいパスが安定的に供給されるようになり、俊輔と小笠原というキープ力がありパスの精度が高い2人が前がかりになることで、相手に与える脅威が増した。
 こうした流れのなかから日本の4点目、柳沢のシュートによる同点ゴールが決まる。

柳沢のドリブルシュート

 柳沢のゴールは、その前に相手DFのボールまわしを追うことからはじまった。
 日本の攻めに耐えて、ようやくボールをキープしたホンジュラスDFは、守備ラインから前へボールを送れず、右サイドでガルシアのトラップが大きくなったところを(日本側の左サイド)小笠原が奪う。彼はすぐ内側にいた柳沢へパス。柳沢はゴール正面にいる高原を見ながら内へドリブル。高原が左へ走り出して生まれたスペースを利用して右足で左ポスト内へ好シュートを叩き込んだ。3人いた相手のDFは柳沢への接近が遅かった。4-4。
 交代の指示が出ていた柳沢はこのゴールを土産品にベンチに退き、玉田圭司が登場。待望の5点目、勝ち越しゴールは33分(78分)に到来した。
 このゴールはこの日のハイライトともいえる。組み立ての妙と右足インサイドでしっかり狙った小笠原のコントロールシュートが圧巻だが、私にはその組み立てに入る前の準備期間がとても印象的だった。

左から右へ、緩から急へ、そしてタテへ

1)相手の右サイドのマルティネスへのパスを奪った三都主が中田英にわたしたとき、
2)中田英は自分の体勢と相手のつめ方を見て、すぐに攻めに出るのではなく後方の中澤へパスを送った。
3)中澤は自陣深く戻っていた右の中村にわたす。全体にゆっくりした後ろでのパス回しがここから速くなり、
4)俊輔はハーフラインを越えて前線に進出していた中田英へ速くて長いパスを送った。
5)受け取った中田英はするするとドリブルして、すぐ前方にいた玉田へ。
6)玉田はひとつ止めて、相手DFラインのウラへスルーパスを送る。
7)最初の1)でプレーした三都主はこの間、左サイドを駆け上がり、DFのウラへ走りこんだ。
8)フリーでゴールライン近くで受けた三都主は中へ持ち込み、ゴール正面左寄りのスペースへパス。
9)そこには小笠原がいた。こういうところでの小笠原は確実だ。モラレスの手の届かぬファーサイドのネットに正確なインサイドでのダイレクトシュートを送った。

 ムリをせず、いったん後方で左から右へゆっくりボールを動かし、そこからまた左へ。今度は速いペースに切り替え、中田英のドリブルで三都主のあがる時間を稼ぎ、玉田がウラへ出したところが緩急の変化とスペースの使い方のうまさといえた。相手の足が止まっていたことを割り引いても、プレーヤーの意思が見事にまとまったいい攻めだった。
 両チーム合わせて9ゴールの応酬は、10ゴール目がどちらにくるかが期待されたが、残念ながら日本側は6点目を取れず、ホンジュラスも攻めはしたがスタンドをヒヤリとさせたのにとどまった。
 惜しかったのは高原に代えて投入された大黒が、広いスペースの前に飛び出したとき、小笠原のパスを相手DFに防がれたこと。相手のファインプレーをほめるべきだろうが、こういうときに小笠原式の丁寧なパスではなく、大まかにDFの上を越すボールでよかったかもしれない。
 ジーコは試合のあとで、代表選手の取り返そうとする意欲の強さを強調した。相手の同じような攻めに4点を奪われたことには、もちろん問題も残る。海外組6人の調子を見ることがこの試合のひとつの目的だったが、中田浩二や稲本が攻撃に絡もうとして守りの面での連係がいまひとつだったこともある。アジア1次予選を6戦全勝、最終予選を5勝1敗で勝ち抜いた日本だが、その道程で起きたさまざまな問題は、この試合でも表れていた。それは別の機会に譲るとして、今回は選手たちの諦めることのない勝つ意欲の強さ、後半に疲れてからもランプレーできる体力と、それを生かせる組織力を、予選以来の強さとして確認できた。

 日本の長所短所を楽しみつつ見ることのできた9月のキリンチャレンジカップであった。

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