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2004年12月

12月18日 日本女子代表 vs チャイニーズ・タイペイ女子代表

2004/12/18(土)

北京へスタートした女子代表を見て

キリンチャレンジカップ2004 
12月18日(西が丘サッカー場)14:00
日本女子代表 11(8-0 3-0)0 チャイニーズ・タイペイ女子代表

 アテネで活躍した日本女子代表の、北京オリンピックへ向かっての第1歩。新任の大橋浩司監督には初の国際試合だったが、11-0の大勝となった。

 チャイニーズ・タイペイはある時期、女子サッカーでは東アジアの先進地域のひとつだった。ここしばらく停滞気味で、今回のチームは将来を見込んで若手を起用しているという。体の大きい選手もいたが、まだチームも個人も未成熟だったから、アテネという大舞台を経験している選手を主力とした日本代表とは差があって、ゴールラッシュとなった。
 後半に得点が少なくなったのは、日本がメンバーを代えたのと、相手も少し日本の動きに慣れて、体を寄せるようになったからだろう。

 先制ゴールは荒川。相手2人の間でボールを受けてシュートを決めたもの。パスのボールを流して半身の姿勢から前へ出る一連の動きに落ち着きがあり、ターンの際に姿勢が崩れないのは、もともとの強い体に、オリンピック予選や本大会で場数を踏んだ経験がプラスされて余裕があるからだろう。

 大橋監督は高いレベルの相手に勝つために、練習の際にプレーの早さや正確さを強調しているとのこと――。彼女たちのレベルアップが見ものだが、1979年生まれの荒川は2008年には29歳になる。大谷未央も同じ歳だ。女性に年齢うんぬんは失礼だし、スポーツ選手の体力は必ずしも年齢だけが問題になるのではないが、アテネ組の多くが荒川、大谷と同年あるいは年長であることを考えれば、2008年のチームに若い伸び盛りが何人か加わってほしいもの。
 そういう意味でも、今回のキリンチャレンジのように、多くのファンの前で、新しい代表の登場と、アテネ組の健在と上達ぶりを披露する場をつくることが必要だろう。オリンピックの直前だけでなく、2年前、3年前の選手たちの努力に注目し、レベルアップの後押しをしてほしい。

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12月16日 日本代表 vs ドイツ代表

2004/12/16(木)

クリンスマンのドイツ代表との試合を見て

キリンチャレンジカップ2004 
12月16日(横浜国際総合競技場)20:00
日本代表 0(0-0 0-3)3 ドイツ代表
日本代表 得点: なし
ドイツ代表 得点:クローゼ(後半9分)、バラック(後半24分)、クローゼ(後半47分)

【日本代表メンバー】
GK: 1 楢崎正剛
DF: 21 加地亮、2 田中誠、25 茶野隆行、14 三都主アレサンドロ→24 西紀寛(後半38分)
MF:     15 福西崇史、29 稲本潤一(Cap)→4 遠藤保仁(後半25分)、8 小笠原満男、16 藤田俊哉→17 三浦淳宏(後半25分)
FW:     11 鈴木隆行→28 玉田圭司(後半0分)、20 高原直泰→27 大久保嘉人(後半25分)
SUB:     12 土肥洋一、23 川口能活、3 永田充、6 中田浩二

【ドイツ代表メンバー】
GK:     1 カーン
DF:     8 オボモイエラ、4 ベアンス、17 メルテザッカー、6 シュルツ
MF:     15 エルンスト→16 エンゲルハルト(後半32分)、19 シュナイダー→18 ボロウスキー(後半28分)、13 バラック(Cap)
FW:     14 アザモア、11 クローゼ、20 ポドルスキー→7 シュバインシュタイガー(後半17分)
SUB:     12 イェンチュ、3 フリードリッヒ、9 ブルダリッチ

■ ドイツ代表が赤を着る
■ 先輩マイヤーを切ったクリンスマン
■ ドイツ国民の期待
■ 日本の失点、FKの止め損い
■ 奪ってからの速さと途中でのムリが、シュートの余裕を生む
■ 大久保に痛い餞別
■ 稲本潤一のテストの意味
■ パスを読む相手のDF
■ 追記


ドイツ代表が赤を着る

 ドイツ代表のユニホームが赤だった。これまでは白シャツ黒パンツを基調にした正式と、緑を基調にしたセカンドカラーがあったが、アウェーを赤にしたという。もっとも11月17日のホームでのカメルーン戦(3-0)も赤を着ていたそうだが…。
 ワキに黄色があり、ソデから肩への3本線は黒で、ドイツ国旗(上から黒、赤、黄)の色は全部そろっている。いままではその黒(勤勉の象徴)が強調されていたのが、こんどは赤(情熱)が大きく出てきたということだろう(ついでながら黄色は名誉をあらわすとか)。スマートな体つきと優しげな顔つきからは想像できない、情熱的なプレーヤーだったクリンスマンらしい改革のひとつというべきか――

 EURO2004での不振の責めを負ってフェラーが監督を退いたあと、クリンスマンが第8代のブンデス(ドイツ協会)トレーナーとなった。クリンスマンに行き着くまでの紆余曲折はともかく、彼が監督になってからの代表チームの空気はこれまでより明るくなったとドイツのメディアは伝えている。


先輩マイヤーを切ったクリンスマン

 カリフォルニアに居を構えるクリンスマンの性格の反映もあるが、若い選手を起用し、試合では攻撃を重視し、プレーヤーの自主性を尊重する方針が、いまのところ歓迎されているようだ。
 自分より年長で経験もあるGKコーチ、ゼップ・マイヤーを辞めさせるという思い切った手も打った。ドイツ・プロサッカー・コーチ連盟会員の湯浅健二氏によると、カーンが正ゴールキーパーであとはサブだと言い張るマイヤーとの意見の違いというより、そのときのマイヤーの態度が問題だったという。74年大会優勝のGK、いわばドイツ代表の大先輩であっても、クリンスマンはケジメをつけておきたかったのだろう。
 チームの主将をカーンからバラックに代えたのも、いまの実力者バラックのキャプテンシーを見込んでのことだ。


ドイツ国民の期待

 2006年に向かって新しい船出をしたクリンスマンとバラックのドイツ代表にとって、今度の東アジア遠征は重要なテストになる。アジアチャンピオンの日本、2002年ワールドカップベスト4の韓国、そして暑熱の国タイでのシリーズ。時差と気候の変化という苦しい条件のなかで、どのような結果を出せるか。W杯予選が免除されているだけにサポーターの関心も高く、遠征試合は全て、ドイツのテレビによる国内向けの放送が組まれ、そのためのスポンサーの広告看板も3会場にそれぞれ送り込まれる――という大がかりなものだ。


日本の失点、FKの止め損い

 日本の3失点のうち1点目は後半9分、エリア外やや左寄り20メートルからのバラックのFKから、GK楢崎の捕球ミスをクローゼが決めたもの。バラックの曲がりながら急激に落ちこむボールを、叩いてCKに逃げておけばよかったのに、掴もうとしたところがポイントの第一。ただし、そのFKの元になった稲本のシュルツに対するファウルが、ボールを受けて背を向けたままの相手を背後から押す――という極めて不用意なファウルだったことも反省点のひとつになるだろう。クローゼがリバウンドに反応したところは、彼らの気合の証(あかし)でもある。


奪ってからの速さと途中でのムリが、シュートの余裕を生む

 2点目は後半24分、バラックのビューティフルシュート。これはまず、攻め込んだ日本側で小笠原が(スタンドからは)取れそうにみえたボールを見逃してしまい、シュナイダーがこれを拾って前方へ。クローゼが戻りながら右へパスしてアサモアに流し、そこからアサモアが一気にドリブル。日本側3人を引きつけて左へ走り上がるバラックにパス。バラックは、ドリブルから左足シュートのフェイクをかけ、右に持ちかえてシュート。エリア外からのボールは、ゴール右上隅近くへ飛び込んだ。
 バラックがシュート体勢に入るとき、稲本との間合いは遠く、FKのように余裕があった。シューターのスペース、あるいは時間的余裕を生み出すための途中のスピード――つまり相手のミスを拾って2本のパス(タテ、ヨコ1本ずつ)とアサモアのドリブル、バラックへのパス、それら全ての精度とタイミング、ドリブルの速さなど――が生きている。さらに、相手が前にいてもボールを後ろに戻さず、ときにはムリに突っかけることも、シューターにフリーな時間を与える大切な要素となる。指導者たちは若い日本のプレーヤーたちにこういうことを理解させ、実行させることが大切だろう。
 もちろん、バラックの落ち着いたシュート動作、さらにはシュートポイントへの持ってゆき方なども充分に見ておくべきだろう。


大久保に痛い餞別

 3点目は、これも攻め込んでいる日本側で、大久保が体を寄せられてそれ以上のキープはムリであるのに、意地になってキープしようとして奪われ、一気にカウンターを食ったもの。
 スペインのマジョルカに移る前の大久保にメディアもお別れの一発を期待し、本人もそのつもりだっただろうが、いいところを見せようという気分で渡り合える相手ではなかった。ヨーロッパに出かける前に改めて本場のレベルを知らされたことになる。


稲本潤一のテストの意味

 日本側は、DFの中軸になる宮本恒靖と中澤佑二が不在で、また、ここのところの攻撃の大黒柱、中村俊輔もいなかった。高原直泰と稲本潤一が合流したが、稲本は好調の最中に大きな故障(6月1日イングランド戦で腓骨骨折)で休むという不運があった。この日はその回復ぶりを見たことになるが、守りはまずまずの働き、攻撃ではまだこのクラスの試合でのカンが戻っているとはいえない。回復をテストするには少し荷の重い相手だったが、最終予選で2月から働けるかどうかをこの時期にチェックできたのはジーコ監督にとって悪いことではない。

 Jリーグが終わった直後であり、全体に日本選手の調子がベストとは言い難い上に、稲本のテストが入ったから、遠藤の出場時間が少なかったのが惜しい。


パスを読む相手のDF

 これまでの日本代表は、
1)中盤から早く激しくプレッシングしてくるチーム(例:韓国)
2)引いて守るチーム(例:オマーンとのW杯1次予選初戦)
を相手になかなか点を取れずに苦心した。
 それがジーコ監督の“自主意識”によって選手たちの互いの工夫による連係が生まれ、また、どの相手にも90分間、120分間で勝つサッカーができるようになった。W杯1次予選、オマーンとの第2戦(アウェー)がいいサンプル。ただ、その貴重な1ゴールも、小野伸二、中村俊輔という高いレベルのボールテクニック(キックをふくむ)の持ち主がそろって生まれた得点ではあったが…。

 今回の相手は中盤でのプレッシングがそれほどでもなく、まして引いて守る相手ではなかったが、パスコースを読む組織的な守りという点では、アジア勢よりは上だった。日本が味方ボールを前方の仲間につなぐときに、ドイツはMFもDFもすばやく察知して間合いを詰める、あるいはインターセプトにきた。その詰め(あるいは寄せ)が早いために、ボールをまた後方に戻すことになった。こういうときにドリブル力があれば、ということになる。
 ドイツの代表はブラジルのロナウジーニョなどに比べるとドリブル力は低いが、それでも自分で開拓しようとする意欲がある。たとえばこの試合でも、クローゼが戻ってボールを受けたとき、必ずしもバックパスするのではなく、こちらの出方に応じて、戻すとみせて前を向き、攻め上がる姿勢を見せていた。常にパスを優先する日本が、パスを読まれたときに、自身での突破という手を持たなければチャンスを作り出すことは難しい。
 サッカーはパスのゲームであると同時に、パスとドリブルの組み合わせであることを、クリンスマンの新しい攻撃的チームは私たちに示していた。

 このキリンチャレンジカップ2004 日本代表対ドイツ代表で、日本代表の2004年の試合は終わり、来年はいよいよアジア最終予選に向かうことになる。
 代表選手、候補選手、代表を目指す多くの選手たちが、1本のキック、ひとつのトラッピングの技を練り、プレーを工夫して、より高いレベルの代表チームになることを期待したい。


追記

 なお、このクリンスマンとバラックのドイツ代表が、ソウルで韓国に3-1で敗れたというニュースが入ってきた。

 実は、私は16日の試合後のクリンスマンの記者会見で、ドイツの役員が「このあとソウルへ飛ぶので質問を打ち切らせてほしい」と言ったのを聞いたときに、第2戦は苦労するだろうと想像した。それは、これまでにヨーロッパから来日した強豪、名門チームのほとんどが、第2戦でいつもひどい調子だったからだ。
 たいていのチームは、日程の都合で第1戦の2日前にやってくる。8時間の時差ボケの解消はもちろんムリだし、長い旅行の疲れもあるが、どのチームも第1戦という緊張感で、とにかく頑張っていい試合をする。その試合は頑張りのおかげで勝つ。するとホッとする。2日後の第2戦のときに、まだ時差ボケは取れていない。旅の疲れに試合の疲れが加わる。そんなことで、ヨーロッパの一流チームを相手にするとき、当時アマチュアの日本も第2戦なら寝クビを取れると考えたものだ。“アジアへ来るときは第2戦を注意しなさい”というのが私の昔からの来日チームに対するアドバイスだった。“しかも相手はタフな韓国代表ですョ ――”といいたいところを16日の夜は口をつぐんでいたのだが……。

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